乱戦の中でナマエはただひたすらに駆けていた。耳はもう、使い物にならない。せめて視界だけは保っていようと、半ば意地で立っていた。近付いてくる兵士たちの位置を片端から杉元に伝えていく。それはナマエが旅の中で尾形から教えられた技術だった。
「四時の方向から敵!八時の方向からも!」
時計を持たないナマエと狩りをする際に不便だからと、尾形は和人の方向感覚を与えた。それが今、自分の命を繋いでいるのだと、ナマエは確かに感じていた。己を生かしているのは間違いなく尾形なのだと。
「っく、」
弾丸が腕を掠る。熱い痛みが走るが、気にしてはいられなかった。ただひたすらに仲間を守りたいという気持ちが強かった。
「ナマエさん!」
「平気!五時から来てる!」
「ああ!」
上がる息を何とか平静に保ちながらナマエは、睨むように周囲に目を走らせる。不意に煙が見えた。
「杉元、あれ!」
馬小屋が、燃えている。それは合図だった。撤退の、合図だった。
***
アシリパと白石と合流したナマエたちはひたすらに馬を駆ける。合流して来ない仲間もいた。しかし、今はその事を考えていられなかった。ナマエは目を瞑って、その考えを脳裏から追い出した。
耳がじんじんと痛い。何も聞こえない。それなのにどこかから狙撃音が聞こえた気がした。たった三発。二つは同じ音のような気がした。
どこかから撃たれたのだろうかと辺りを見回すけれど、それ以上の音は聞こえなくてナマエはその音の事を忘れてしまった。
前を行く牛山が列車を見つけた。彼の大きな背中に隠れてナマエは見つけるのが遅くなってしまったが、それは確かに列車だった。
これ幸いと一行は飛び乗る。これで一旦、態勢を整えられると。ナマエの耳にも漸く音が戻って来る。そこでふと、彼女は気付いた。
聞こえて来る乗客の音がやけに多いのではないかと。それに、何か聞き覚えのある音が沢山する。これまで沢山聞いてきた、銃床の擦れあう重い音が。
「待って!」
静止の声より早く、杉元が客車の扉を開ける。そこにいたのは第七師団だった。
***
仲間がどんどんいなくなる。
覚悟をしていたはずだったのに。一人また一人とナマエの目の前から消えていく。いいや、アシリパの前から消えていく。それでも立ち止まる事を許されない彼女の苦悩をナマエは我が事のように感じていた。
始まりはただの夢物語のはずだった。それはいつの間にか沢山の人の夢になった。沢山の人の夢がここまでの全てを繋いできた。何一つ意味の無い事は無かった。
「アシリパ……」
「ナマエ、」
「後悔しないで。私たちはきっと、皆で夢を見てた。アシリパの見る夢を皆で見てた。誰も、後悔なんてしてない」
「うん……っ」
泣き出しそうな顔でそれでも前を見るアシリパに掛けるには酷な言葉だと思った。でも、それがナマエの本心で、仲間たちの本心だと思っていた。だからこそナマエも振り返らずに進んだ。仲間が一人、また一人と散っていったとしても。
客車を進む。それ以上は進めない。どうやら鶴見は車両の上にいるらしい。そしてそこに誰か蹲っていた。
鯉登だった。
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