走って走ってアシリパの姿を探し、ナマエは漸く最後の戦いが上で行われている事に気付いた。必死に上によじ登る。そして見た。尾形の姿を。
「尾形っ!!」
「ナマエッ!来るな!」
アシリパが何か言っていたけれど、聞こえなかった。ただ、尾形が苦しんでいる事がナマエには重要だった。アシリパの横をするり、と通り過ぎる。不思議な事に静止など全くされなかった。
毒矢に射抜かれて苦悶の声を上げる尾形にナマエはゆっくりと近付く。蹲る尾形の傍にナマエは静かに膝を付いた。その肩にそっと触れる。尾形の肩が震えていた。
「尾形……」
「…………、ナマエ……?」
喘ぐような声でナマエの名を紡ぐ尾形の頬を、ナマエは撫でた。その頬はとても冷たかった。まるで死人のように。
「私が分かる?」
「…………ナマエ。おまえは、ナマエ」
しめやかな声が交わされる。誰も、何も言えなかった。緊迫した場面には似つかわしく無い穏やかな声でナマエは囁いた。
「尾形。もう、終わりにしよう」
「終わり?……何を言ってる。俺はまだ何も得ちゃいない。お前は知らないんだ。……俺には、おれが、おれのもとめたものは」
毒矢のせいで意識が朦朧としているのだろう。尾形の要領を得ない言葉にもナマエは頷いた。
「もう、終わりにしよう。尾形に死んで欲しくない。もう、終わりにして。私との約束、忘れちゃったの?」
静かなナマエの声は尾形に届いたのだろうか。アシリパには、見えたような気がした。虚ろで熱に浮かされたような狂気的な尾形の瞳に、僅かに理性が戻ったのを。
「忘れてねえ。約束した。ナマエとずっと一緒に暮らすって。だが……っ」
「約束したよ。だからもう、止めて。このままだとあなたは死んでしまう。尾形に、死んでほしくない」
「止めろ、おれをとめるんじゃねえ。おれが、何のためにっ、……っここまで」
ナマエの静止を振り切るように身を捩らせる尾形だったけれど、ナマエは尾形の頬に手を添えるとその瞳を覗き込んだ。
「何のためにここまで来たの?あなたが偽物だと証明するため?」
「っ、なにを……っ」
「あなたは偽物なんかじゃない。本物の、私が祝福した尾形百之助。それだけじゃ、駄目?」
答えなど、ナマエは求めていなかった。ゆっくりと、尾形の頬を撫でて、ナマエは彼に口付けた。血の味がして、おおよそ甘美なそれとは言えなかったけれど、ナマエにはそれで十分だと思った。
触れた時と同じように静かにナマエは唇を離す。尾形の瞳に先ほどは見えなかった色が見えた気がした。
「ナマエ……」
「尾形」
ぐ、と身体を強く強く抱かれた。息が詰まる程に強く。そしてナマエはその身体の温もりを知った。ずっと求めていた、ただ一つの温もりを。
「怖く、ねえか」
「大丈夫。尾形と一緒なら」
彼の笑い声を最後に、身体は傾いでいく。浮遊感に身を任せ、ナマエは月を見上げた。
(さいごまで、一緒にいるっていう約束、守れなかったな……)
目の端に一瞬見えた親友の驚いた顔を脳裏に浮かべながら。
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