ナマエが暗殺チームに配属されてから数ヶ月が経過した。チームに仕事が降りる頻度はまちまちなので多い時もあれば少ない時もある。今は丁度少ない時期だったので初任務以来ナマエの能力を確かめる機会はお預けされていた。
その間ナマエはというと、初任務からの流れでホルマジオに付いてチームのあれこれを教わる事になっていた。ホルマジオも他のメンバーに比べれば面倒見が良く、また本人がナマエの事を気に入っている事もあり、特に文句を言う事もなく兄貴分としてナマエにあれこれ指南していた。今はホルマジオが溜めに溜めていた報告書を片付けがてら、その書き方を指南しているところだ。
「ギャングの世界にも報告書があるとは知りませんでした。もっとこう、色々適当なのかと」
「あ~、意外とその辺キチッとしてるよなァ。けどナマエはその辺得意そうだよなァ。字も読み易いしよォ~」
「ええ、まぁ。本職では書面に記入する事も多いので」
本職。意外な言葉(当然ではあるのだがギャングは本職を持つ人間の方が多い)が出て、俺も少し仕事の手を止めてホルマジオとナマエの会話に聞き耳を立ててしまう。
「本職ゥ?」
「はい。言っていませんでしたか?ここに来る前は神に仕えていました。あ、今もですけど。寂れてはいますが、教会も任されています」
「…………っはあぁぁぁ!?」
ホルマジオの大声も納得の答えだ。俺も思わず握ったペンを取り落としそうになる。依りにもよって俺たちの仕事と正反対だ。神、とは、あの神の事だろうか、当然の事ながら。俺と同じ疑問をホルマジオも持ったようだ。
「神ってあれだよな?キリストってヤツだよなァ~~?」
「…………?ええ、ホルマジオさんも日曜くらいは教会に行くでしょう?」
「そんなモン行った事ねェわ。俺が行くように見えるかよォ?」
お互い当然のように主張するから全く噛み合っていない。ナマエは真面目腐って、「それはいけない。神の教えはとても大切な物です」とホルマジオの顔を真正面から見つめる。
ナマエは時折このように相手の瞳をじっと見つめる癖がある事に気付いたのは最近の事だ。グレーの大きな瞳に見透かすように見つめられると居心地が悪くなる。そうペッシが溢していたのを思い出した。ホルマジオはあまり気にしていなさそうだが。
「依りにもよってよォ~、言うに事欠いてカミサマときたか」
「本当に小さい教会ですがね。最近は日曜学校もあまり出来ていません。寂れた地区なので子供も少ないですし」
頭の中でキャソック姿のナマエを想像する。意外と似合っているところが恐ろしい。衝撃を受けているホルマジオを他所にナマエは彼の手元を覗き込んで、「ここ、綴りが間違っています」とのんびり指摘した。
「え、……おぉ、ありがとよ。で、何で神父サマがこんな汚れ仕事なんか志願するんだよ。どう考えても正反対じゃあねえか」
「…………?自らの正義と神の道が合致するのであれば、それを実現するのに手段など関係無いのでは?」
「よく分からねェがよォ……。まぁ、オメェが良いなら良いわ」
ポンポン、と子供にするようにナマエの頭を撫ぜたホルマジオにナマエの吐息が笑った気がした。ナマエはよく、ホルマジオにこうされて喜ぶような仕草を見せる事がある。比較的面倒見の良いホルマジオにはこういう仕草が「刺さる」事を知っているかのように。
「とは言え、私も進んで求道した訳ではないのですが。養父が神父でしたので、成り行きで」
「へェ。成り行きでカミサマかよ。俺神父サマと喋ったの初めてかもしれねェ」
「告解なども受け付けておりますので、ご入用の際はお気軽に」
「そりゃどうも」
ホルマジオのカップが空になっているのに気付いたのか、飲み物を用意しにキッチンへ向かったナマエの背を目で追ったホルマジオが俺の方に視線を向けるのが分かった。無視をして書面に目を走らせた。
「ありゃあ、思ったよりサイコかも知れねェなあ」
ホルマジオの独り言めいた言葉に、目を細める。何か思い当たる節があるのだろうかと、ホルマジオに視線を向けると彼は格闘していた書類から顔を上げた。
「ナマエとの初任務の時によォ、アイツ何したと思う?」
ナマエの初任務の際のターゲットを思い返す。確かギャングの規制に乗り出そうとする政治家だったはずだ。
「あのターゲット、外面は良いがとんだペド野郎だったんだよ」
「………………」
「だからって別にどうも思わねェだろ?よくある事だ。でもよォ、それを知ったらナマエの奴、其れ迄は淡々としてたのに何つーか、随分『荒れて』なァ」
ホルマジオの目は冷静だが、その中に僅かに苦虫を噛み潰したような本音が見える。
「アイツ、なーんも感じてねェような顔で胸糞悪ぃ事すんだよなぁ」
ターゲットの最期の一息まで苦しませなきゃ気が済まねェつーかよォ。俺は人間がハラワタ撒き散らしながら踊ってるのは初めて見たぜ。全くしょうがねェよなァ?
肩を竦めるホルマジオだったが、直ぐに口を噤む。ナマエの足音が聞こえたからだ。随分素直な聞き馴染みの無い(俺たちは癖というか仕事柄足音を立てないため)足音はまるで一般人のそれなのに、ホルマジオの表情とは乖離している。
「エスプレッソのお代わりを持って来ました」
「おー、ありがとよ」
「リーダーも如何ですか?」
表情は弱者のそれだ。振る舞いも。だが、同じ仲間としてそれなりにやって来たホルマジオの話は妙に気に掛かる。内心に留め置きながら俺はナマエの言葉に頷いた。
「すまない、貰おう」
長い睫毛が伏目のナマエの顔に影を作る。ある意味では潔癖とも取れるナマエの行動は神の道を歩く者特有の揺るがぬ信念というやつか。或いは無意味な拘りなのか。いずれにせよチームの弱みになるのならば「対応」せねばならない。
もう1人の新人とは異なる懸念を抱えながら、俺は書面に向かい直した。ナマエの淹れたエスプレッソは絶妙に美味かった事だけは付け加えておく。
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