兄貴の指示で煙草を買いに行ったらナマエがチンピラに絡まれていたのを見てしまい、一瞬どうすれば良いか分からなくなった。
ナマエは強いらしい。らしい、と言うのは俺は見た事が無いからだ。ホルマジオは怒らせたらヤベー奴って言ってたから、多分ホルマジオはそういうナマエを見た事があるんだろう。でも俺はまだナマエとはあまり関わってないからナマエの事をよく知らねェでいる。
何となくナマエが恐ろしく思われるんだ。ギャングが何言ってんだと思うかも知れねェが、ナマエの見透かすような瞳に見つめられると、何だかスゴク居心地が悪くなっちまう。だからそんな「怖い」ナマエを助ける必要があるのか悩んじまったっていう訳だ。
物陰からそっとナマエの様子を窺う。見るからにチンピラって風貌のそいつらは、ナマエの事を女だとでも思ってるのか妙に馴れ馴れしく話し掛けている。無知っていうのは罪だと思った。
ナマエは和かに(もっとも、ナマエはいつも誰に対しても和かだ。感情の起伏ってやつが分からねェ)応対しているように見える。然程困っているようにも思えなかったが、そういえばプロシュート兄貴がさっきナマエを探していたのを思い出した。次の任務の事で話があるとか何とか言ってたから、ここでナマエがアジトに戻るのが遅くなると機嫌が悪くなるんだろうなぁ。
という訳で俺はナマエとチンピラの間に割り込まざるを得なくなったという訳だ。
「何だァテメェ!」
凄んで見せても一般人のようだ。俺くらいでもどうとでも出来そうな相手にナマエの方を振り返ると、害の無さそうな顔で微笑まれた。その顔が妙に心臓の辺りをムズムズさせる。俺たちの微妙な雰囲気に気付いたのか男たちは熱り立つ。
「邪魔しやがって、アモーレ気取りかよ!」
「あ、ペッシさんは同僚です」
「はぁ!?こんなイカつい奴と?キミ、教会勤めって言ってなかった?」
「えっと、ダブルワークなので…………」
根が真面目なのか、どうでも良い質問にも律儀に答えていくナマエを庇うように前に出る。そうは言ったって俺も暗殺チームだ。男たちを睨みつければ、直ぐに蜘蛛の子を散らすように行ってしまった。
何とかなった、と胸を撫で下ろしていると、柔らかな手が肩に乗せられた。振り返るとナマエが目を細めて、唇を緩めていた。少し遅れてそれは笑っているのだと気付いた。
「ありがとうございます。早く帰りたいと思っていたのでとても助かりました」
「い、いや。つーか、スタンドでも何でも使えば良かったんじゃあねェか?」
もっともな問いだと思ったのだが、ナマエは目を瞬かせて「ああ、」と間抜けな声を出した。その顔と声音はスタンドの事を忘れていたって様子だ。
「最近は一人で歩く事が少なかったので」
俺の呆れた様子に唇を尖らせるナマエは少し恥ずかしそうに、髪に手をやる。亜麻色の柔らかそうな髪は、朝アジトを出て行く時はそのままだったのに今は少し歪んでいるけど結われた状態だ。ご丁寧に髪留めまで差してあるなんて誰かに結われたのだろうか?(ナマエが差すには少し派手というか、雰囲気とは違う髪飾りだ)
俺の視線には気付かなかったのか、ナマエはさっと手櫛で前髪を整えると、俺の隣に並んだ。ふわりと香るのは、香水だろうか?甘いのに、人工的なところが無い。メローネみたいな事を考えているとナマエが首を傾げて俺を見た。
「ペッシさんはもう帰りますか?」
「え、あ、おう。俺もプロシュート兄貴の煙草買いに来ただけだからよォ」
「御使いなのですね。私は友人との約束の帰りです。昨日急に連絡があって」
肩を竦めたところを見るとあまり会いたくない奴だったのだろうか。内心で首を傾げていると、その理由は直ぐに分かった。
「チョコラータ先生は意地悪さえ無ければ良い方なのですが」
「チョ、チョコラータってあのチョコラータかよ!」
そういえばナマエはチョコラータに拾われたんだっけと頭の片隅で考える。ナマエは俺の動揺を不思議そうに見てから頷いた。
「はい。親衛隊のチョコラータ先生です。彼には借りがあるので」
「借り……?」
まさか弱みでも握られているのだろうかと少し心配になった。それなのにナマエは何事も無かったかのように付け加えた。
「ええ、拾った仔猫を治療していただきました。今も暫く預かって貰っているのです」
「仔猫ォ!?」
どう考えても合わない組み合わせだ。チョコラータと仔猫。正反対と言っても良い。というかあんなゲス野郎に仔猫なんか渡したら直ぐミンチになりそうだ。それを言うに事欠いて「良い奴」?
「オメェ騙されてるんじゃあねェのか?」
「不思議な事に良くそう言われますが、大丈夫ですよ。チョコラータ先生は『とても良い人』です」
暗殺チームにはそぐわない、まるで女みたいな美しい笑みでナマエはそう断言する。同じ新入りのはずだけど、何だかナマエがとてもスゴイ奴に見えてしまって俺はナマエの事もうっかり尊敬しそうになった。
アジトに戻ったナマエが兄貴と次の任務の話をしている間に、何となくナマエの方を盗み見る。本当に女のように弱そうな奴だ。そう思ってから気付いた。俺は(というか俺たちは)、ナマエの事何も知らねェんだって事。年齢や性別みたいな簡単な事すらも。
俺だって他のメンバーの事をよく知っている訳じゃあねェけど、それにしたって何も知らねェ。何だかそれが妙に不安だった。
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