昼間は出歩けないディオの代わりに、私とダービーは拠点を探すと同時に、仲間も捜していた。何と言っても私もダービーも見た目が若いからビジネスの場では足下を見られる事が多いのだ。
「と、いうわけで、だ。まずは『大人』を確保しないと」
「…………ええ」
「テレンス、そんな顔をするな。いつだって君は私の一番の友達だからさあ」
至極つまらなさそうな顔のダービーを横目に見ながら、眼下に広がるマカオの街を一望する。ダービー、もといテレンスの兄、ダニエルが最近ここに潜伏していると彼から聞いた。ディオとテレンス、そして私たち三人の中で最も年嵩に見えるのはディオだが、彼は今、100年後の世界を学習中だ。ビジネスの場において頼りになるカードを手に入れないといけない訳である。
「……さて、アポイントの手紙、君の兄君は読んでくれたかな」
「……どうでございましょうね。私の名前で送ったので読んでないやも知れませんね」
「…………君たち兄弟は仲が悪いのかい?」
随分とテレンスの言葉が刺々しいから、少し気になって聞いてみると彼はとても嫌そうに顔を顰めた。
「仲が悪い、というより、DIO様とナマエ様の仲が良過ぎるのです。お二人の仲に比べたら、どんな兄弟も仲が悪く見えるでしょう」
「そんな物かなあ」
久し振りに身に纏ったフォーマルな衣装は堅苦しいけれどどこか懐かしい。100年前は毎日こんな服でサロンだ夜会だと華やかに過ごしていたのだから。念入りなボディチェックを受け、金属探知機のゲートを潜る。目の前に広がる煌びやかな光景に目を瞬かせた。
「わあ、テレンス見ろ。フロア自体が一つの街みたいだ」
あちらこちらで魂を燃やすような勝負が行われている。カジノだけでなくショッピングモールやレストランもある。こんな華やかなで世俗的な場所には来た事が無かった。
「ナマエ様……。あまり、キョロキョロされますと周りから浮いてしまいます」
「あ、すまない。でも、100年前の世界ではこんなところ来た事は無かったから。……うわ、見ろ!室内なのに水路がある!凄いな!」
「だからナマエ様!」
「ごめんて……」
***
セキュリティルームに通されてテレンスと彼の兄について話していた。
「どんな兄君なんだ?」
「オールドスタイルを愛する、古い人間ですよ。……全くいけ好かない男です」
「……?やっぱり、仲悪いだろう?」
「まさか!不肖の兄を、ナマエ様とDIO様に紹介できるなんて光栄です!」
「……うん。私も君の兄君とお友達になれると良いなあ」
微笑んで見せると、反対にテレンスは完全に機嫌を下降させた。ナマエ様の配下は……などと小声で言っている。やはり兄君と仲が悪いのだろう。
「…………お連れしました」
セキュリティルームの扉が開いて、紳士が入って来る。じっと、彼を見た。
「あなたがダニエル氏?」
「いかにも。……そちらは?」
「……ダニエル。この方はナマエ様。『私の』今のボスです」
なんだかテレンスの言葉が刺々しくて、ダニエル氏が訝しげな顔をするから、私は仕方なく殊更に、「魅力的な」顔をして見せた。
「弟君にはいつもお世話になっています。私のために、彼はとても良くしてくれているのです」
「はあ……、それは、どうも」
やや懐疑的ながらも、差し出した私の手を握ったダニエル氏の手を確りと握る。害意の無い微笑みを見せてやればダニエル氏も気持ちばかり笑みを見せてくれた。
「……それで、テレンス。一体何の用だ?まさか、新しいボスを見せびらかすために、私に会いに来たわけじゃあないだろう?」
「…………だれがお前なんかに会いに来るか」
「テレンス、兄君とは仲良くしないと。……私があなたにお会いしたいと強請ったのです。なんでも、とても不思議な力を持っているとか」
「……!」
にっこりと笑みを深める。兄と瓜二つのこの顔は、微笑むとそれなりの「スゴみ」があるらしい。ダニエル氏は少し顔を歪めて、それから私の向かいに腰掛けた。
「何が望みだ?」
「私と、いいや、兄と友達になってもらいたい。報酬は、……そうだね、言い値で良いよ」
「ふむ、金に興味はない。……欲しいのは」
「スリルでしょう?良いよ、私の魂を賭けても」
「はあっ!?ナマエ様!」
滅多に動揺しないテレンスが焦ったような声を出すから面白い。微笑んでみせる。
「大丈夫だよ。君には言ってなかったっけ。私の特別な能力の事」
「…………本当に言いたくはありませんが、事ギャンブルに関しては兄はプロだ!しかも天性のイカサマ師です!」
テレンスが不服そうに兄君の事を褒めそやすのを聞いているのは楽しい。彼にはどうやら私は世慣れていない若造に見えるようだ。だが。
「私はねえ、100年生きた老人のような物だ。たった30年も生きていない人間に、何を遅れる事があろうか」
「…………100年?」
「世界は広いからね。中にはそれくらい生きる人間もいるよ」
目を細めるダニエル氏に微笑んで誤魔化す。勝負に勝てば、きっと彼は私たちのカードになれる。そして事、勝負と名の付く事柄において、私が負ける、少なくとも「害される事」は無い、と私は既に知っていた。
***
「これは……」
兄が引き攣った声を出す意味が分かった。私だって同じ立場なら同じ事をしただろう。ナマエ様は相変わらず、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべている。
ナマエ様が選んだ勝負はポーカーだった。それは兄が最も得意とする勝負なので、私は今すぐにでも兄に実力行使をして無理にでも連れて行こうとしたのに、ナマエ様が諌めるから仕方なく傍で見守るしかない。
少しのイカサマも許さないとばかりに兄を睨み付ける。少なくともディールに不正はなさそうだった。ナマエ様は伏せられたカードを読み取るように指でなぞった。
「カードを交換して」
「ううん、しなくて良い。これはとても強いカードだ。……なんて言うんだっけ。ロイ、」
「ロイヤルフラッシュ?」
「そう、それ」
唇を緩めたナマエ様は「私と、私の兄の魂を賭けても良い」と宣った。
「…………、忠告するが、君が負けた場合、君は」
「魂を奪われるんだろう。知っている、構わないよ。オールインしたって良い」
不敵に笑うナマエ様に兄は僅かに警戒したように、しかしカードを二枚交換して、それからレイズした。ナマエ様がすかさずコールするから、顔には出さずともこちらは内心目が離せないでいる。ナマエ様はそのカードに絶対の自信があるようだ。中身も確認していないというのに。
「では、ショーダウンだ」
「はい、どうぞ」
兄の役は9のフォーカード。通常ならまず負けない役だ。一方のナマエ様は。
「ほらね、やっぱり。強い組み合わせだと思ったんだ」
ロイヤルフラッシュ、しかもスペードの。兄が口端を引き攣らせたところを見ると、イカサマの類いではないのだろう。
「……全く見破れなかったが、カードに何かしたのかね?」
「してない。生まれた時から、ここぞって場面で負けた事ないんだ。『バカにツいてる』ってやつ。生まれつきの能力で私が今ここにいるのもそのせい」
朗らかに笑ったナマエ様は「これで私の話を聞いてくれる?」と蠱惑的に囁いた。兄はナマエ様のカードの裏表を良く検めていたが、その仕組みが理解出来なかったのだろう。
「分かった。ただ、もう1プレイお手合わせ願えないかい?」
結果は推して知るべしである。
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