うつくしいひと

初めてその子を見た時僕は感情がぐちゃぐちゃで、そのせいかまるで雷に打たれたみたいな衝撃を受けたのを覚えている。

父さんの恩人の子供が来る、と聞いて僕はてっきりその子は一人なんだと思っていたら、彼らは双子だったのだ。

ダニーを蹴り飛ばされて驚きと混乱と怒りでめちゃくちゃの僕がディオに掴み掛かろうとしたのを止めたのが、彼の声だった。

とても柔らかな声だと思った。ふわふわの綿、整えたばかりのベッド、そして去年の冬に編んでもらったマフラーのような。

「ディオ、何かあったの……?」

馬車から降りて来たのはもう一人、ディオととても良く似た子だった。でもどうしてだろう、僕には二人が「あまり似ているようには見えなかった」。

ふらふらと力無い足取りで馬車から降りて来た彼の事を、僕は聞いていなかったから驚いてしまった。後から聞いたら彼らは双子で人によっては不吉の象徴として見られるから、なるべく隠して生きてきたそうだ。そんな事、しなくたって良いのに。少なくとも僕は、そうは思わない。

ディオは「もう一人」を守るように僕の前に立つ。僕もディオに掴み掛かろうと構える。その子はただ、それを見ているだけだった。

ディオはともかく、その子が僕を見る目やその態度には悪意がひと欠片も無かった。でも何処かディオに似た冷たさを感じた。冷たい、と言うよりむしろ「無」と言って良かった。その子からは何も感じなかった。ただ、ディオと僕が一触即発なのを止める事もしなかった。

でも取っ組み合いの喧嘩にはならなかった。父さんが来たからだ。父さんは「もう一人の男の子」の事も知っていたようで、ディオとその子を見比べて一つ頷いた。さっきまでの態度が嘘のようにディオは父さんの前ではとても朗らかだと思ったけど、もう一人の子は表情がとても硬かった。緊張しているのかな、と思ったけれどそうではなかった。

「すみません、ジョースター卿。ナマエは、弟は、数日前から体調を崩していて」

ディオの理知的な声にはっとする。青白い頬や生気の無い顔は彼を人間離れさせる存在に見せたけれど、まさか体調が悪いだなんて。父さんも気遣わしげに顔を歪め、すぐにメイドのハンナにもう一人の子、ナマエを寝室に案内するよう促した。

「ありがとう、ございます…………」

絞り出されるようなナマエの声はとても硬かった。ほとんど言わされているかのように。ディオの手を一度握って、それからハンナに連れられて寝室に向かうナマエとすれ違った時、彼と視線が絡んだ。どきりとした。赤い瞳の中に映るのは、はっきりとした虚無だったからだ。僕らは同じ年頃の筈なのに、彼は同年代の誰をもした事のない目をしていた。

ナマエが寝室に引っ込んでから、僕とディオの間でまた一悶着あり、嫌な目を見た僕はナマエのお見舞いに行くか迷っていた。だって彼はディオの弟だから、関わったらまた嫌な目に遭うかも知れないと思ったからだ。それでも僕は本当の紳士を目指すのだから、と半ば意地で彼の寝室の扉をノックした。とても小さな声が向こうから聞こえてきた。

「僕、だよ。ジョナサン……。お見舞いに来たんだ」

「うん…………」

良いとも悪いとも言われない内に扉を薄く開けて顔を覗かせる。ナマエはベッドから少し身体を起き上がらせてこちらを見ていた。その頬はまだ青白かった。

「あの、大丈夫かい……?」

「…………うん。ありがとう。眠ったら、少しマシになった」

ぎこちなく、ナマエが笑みの表情を作ったのが見えた。ディオにそっくりでいて違う顔が少し華やぐ。

「っ、チョコレートを持ってきたんだ。良かったら、食べて」

「…………ありがとう」

そっと扉を開けて、ナマエに駆け寄って持ってきたチョコレートを手渡す。ナマエは呆気に取られた表情をしていたけれど、今度こそはにかむように微笑んだ。花が開くような笑顔だった。かあ、と頬が熱くなって、心臓がどきどきと高く打った。ナマエの事を女の子みたいに、可愛いと思った。

「さっきは、ちゃんと自己紹介出来なかったから。僕はジョナサン・ジョースター」

「ナマエ。…………ナマエ・ブランドー」

ナマエは一度目を伏せて、それからゆっくりと僕を見た。長い黄金色の睫毛が揺れるように動いていた。妙に甘い声音が耳に纏わりつく。変な風に意識してしまって僕はナマエから一歩距離を取った。

「あの、ディオがごめんね」

「え……」

ナマエの顔が困ったように歪んでいた。形の良い眉が下がって、見ていて可哀想と思うくらいだ。

「ディオは、僕を守ろうと必死で、だからジョナサン、あなたやあなたの犬に酷い事をしてしまったんだ。僕がもっと、しっかりしていれば良かった。本当に、ごめんなさい……」

「い、良いんだよ!別に気にしていないから!」

「…………ほんとう?」

大きな赤い瞳が、真っ直ぐに僕を貫くから僕はひたすらに首を振っていた。ナマエはベッドから身を乗り出して、僕の手を両手で握った。柔らかな手は、傷一つ無かった。

「ありがとう、ジョナサン」

甘くて、不思議なくらい良く通るナマエの声にくらくらした。僕は今、きっと顔が真っ赤になっているに違いない。

「へ、平気だよ!ナマエも早く身体が良くなるといいね!元気になったら、屋敷を案内してあげるよ!」

「うん、ありがとう……ジョナサン、」

甘えるような笑顔に僕は心がほわほわとあたたかくなるのを感じた。憧れの、弟が出来た気分だった。

それからナマエと少しだけお喋りをして、僕は彼の部屋を後にした。ナマエは気分がまだ優れなかったから、広間での夕食はまたの機会になった。僕はマナーについて父さんにまた注意されたけれど、今日は何故かあまり気にならなかった。弟が出来たって事が僕の心にとても響いたからかも知れない。

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