君を永遠に僕の物にしたい

腕を掴まれたと思った時にはもう、引き倒されていた。背中をしこたま強打して肺の中から空気が逃げ出していくのをどこか他人事のように感じていた。もう、慣れたものだった。

最初は遠くから見ているだけで良かった。その人はとても手の届かない星のような存在で、私は憧れに混ざる密やかな恋慕を抱えているだけで良かった。それが相手も私の事を好きだと言ってくれて、それがどれだけ嬉しかったか、きっと私は言葉には言い表せられない。だからこれはきっと正当な代償なのだ。私とは釣り合いも取れないくらいに素敵な彼を、私が独り占めしている事の。

「っ……!」

「昼に一緒にいたあの男は誰だ?」

音之進は私に馬乗りになって淡々とした口調で言葉を発する。まるで明日の天気でも聞くように。「昼に一緒にいた男」というのがよく分からなくて、怪訝な表情をすれば骨が軋む程腕を握り締められた。堪らず悲鳴めいた声を上げれば空いた方の手で頬を張られた。きっと彼にしてみれば手加減してくれたのだろうけれど、叩かれた頬は熱く、口の中は血の味がした。

「誰だと聞いているんだ」

「誰って、誰の事を言ってるの……?私、今日は誰とも、」

口答え、というのだろうか。まずいと思った時にはもう、音之進の瞳には燃えるような激情が浮かんでいて、彼は私の耳の傍に勢いよく手を突いた。ばん!と大きな音がして身が竦む。音之進はそのまま私の上に身を倒すと首筋に食らい付くように顔を埋めた。彼の吐息に身体を揺らしたと思ったら、手加減も無く首筋に噛み付かれる。

「い、っぁ……!!」

「お前は私の物だと言っているのに……!仕置きが足らんようだな……!」

握られていた腕が解放されたと同時に、ブラウスのボタンを外すのも忌々しいと言うように割り開かれる。裂かれるように寛げられた胸元に、ボタンが一つ触れて床に落ちた。

「やっ……、駄目……!」

「煩い!お前は、私の物だ……!」

フローリングの床に組み敷かれているせいで背中が痛いのに輪を掛けて音之進が全体重をかけて来るから骨が軋んでいるような気さえする。無理矢理全握力で握られる乳房が痛い。その間にも彼の唇は私に執拗に跡を付けて行く事を怠らない。当分長袖で首までの服を着ないとなあなんて他人事のように考えていた。そうでもしないと「仕置き」と銘打ったこの儀式は終わらないのだから。

***

嵐のような行為が終わった後、音之進はいつも憑き物が落ちたように優しく私をベッドまで連れて行ってくれて、ゆっくりと髪を梳いてくれる。痛みに指一つ動かせない私に泣き出しそうな子供みたいな顔をして私に赦しを請うのだ。

「ごめん、なまえ。ごめんなさい……」

「おとのしん……」

「ごめん、痛かっただろう?ごめんなさい、もうしないから、私を捨てないでくれ……」

はらはらと零れ落ちる音之進の涙を、私は痛む身体に鞭打って手を伸ばし拭いとる。元より彼を断罪する気など更々ないのだから。この「もうしない」だって、もう何度聞いた事か。

「だいじょうぶ、わたしは……、ずっとそばにいるから……」

指先に感じる雫の温もりを、感じられる内はまだ大丈夫だと、そう思っている。音之進の涙があたたかい内はまだ。

私の胸の内で泣き出しそうな表情で眠る音之進の寝顔を見ながらそう思う。人はこの関係を歪だと言う。特に私と近い人は音之進から距離を置いた方が良いとも言う。それでも私は彼から離れられずにいた。

それが何故なのか、私にもそこの所はよく分からずにいた。ただ、私がもし離れてしまって音之進が本当に後戻りできない程に壊れてしまったら。私はそれが怖かった。今更音之進を救えるなんて、そんな楽天的な発想は出来ない。私に出来るのはただ、彼からの「愛情」に耐えて、彼が正気でいられる時間を少しでも長く保って居させてあげる事だけだ。

それが救いとは程遠い事も、矯正とは正反対である事も分かっていた。私のためにも彼のためにも私たちは別々であるべきなのだと。それは「彼」にも再三言われていた事だった。でも。

(ごめんね……)

誰に詫びるでも無く息をするように私は詫びた。腕の中の音之進が何の夢を見ているのだろう。僅かに微笑んで身動ぎした。

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