初めて会った女の子

まだ太陽も昇らない夜と朝の境目の空気が、俺は好きだった。身を刺すような寒さが思考をはっきりとさせ、少しずつ明けていく地平の果ては俺の目を楽しませた。そして何より隣には今最も気になっているナマエがいたことが、俺の心臓を高鳴らせ、何事かが起こるのではないかと期待させた。

「ヴァシリ、朝早いんだね」

明け方の澄んだ冷たい空気を肺一杯に吸い込んで吐き出したナマエの口から白い吐息が零れる。寒い土地柄、そんな光景は見慣れていた筈だったのに、ナマエが生み出したそれはどうしてかとても神秘的なものに見えてならなかった。

「ナマエも、早いんだな」

「うーん、癖みたいなものかなあ?仕入れの市とかで朝早い事多いから」

「……なるほど」

何も言う事を見付ける事が出来なくて、黙りこくる俺は内心で何か言わなければと必死に話題を探した。だが、聞く事は沢山ある筈なのに言葉は何も出てこなくて余りの不甲斐なさに俺は掌を握り込む。

「……ねえ、ヴァシリ」

「……!な、んだ?」

突然、俺の考えを読み取ったかのようにナマエが口を開いて、俺はみっともなく肩を揺らした。ナマエの前だと恰好悪いところばかり見せてしまっているようでどうにも決まりが悪い。

「私ね、今日の夕方には次の村に出発しなきゃいけないんだ」

「……今日の、夕方?」

予想もしない言葉に俺は何だか頭を殴られたような気分になった。だが、考えてみればそれは当然の事だった。ナマエは行商人の娘でこの村には行商のために立ち寄ったのだから。それなのに俺はどこかで思っていた。ナマエとはこれからもずっと一緒にいられるのだと。まだ会ったばかりだというのに。

「うん、それでね。……次に来られるのは一か月後くらいなんだ」

「そう、なのか……」

大人ならいざ知らず、俺にとっては一ヶ月なんて途方もないくらい未来の事のように思えて、視線を地面に落とす。知り合ったばかりだというのに、もう会えなくなるなんて。唇を噛んだ俺に、ナマエはしかし、くすりと笑った。

「だからね、手紙を書いても良い?」

「え……?」

ナマエの言葉に呆気に取られて口を開ける俺の顔が可笑しかったのだろうか、ナマエはくすくすと笑いながらもう一度同じことを言った。

「手紙?」

「そう、手紙。私は行商であちこち移動しているから、行商先からヴァシリに手紙を書きたいな」

「……っ、俺も。俺もナマエに手紙を書きたい」

「本当?嬉しいな。じゃあ、……ここに、送ってくれると嬉しいな。あ、でもこの家は行商の時は空けてるから、三か月に一回くらいしか帰っていなくて手紙の返事は中々書けないかもしれないけど……」

申し訳なさそうに眉を下げるナマエに俺は首を振る。そんな事どうだって良かった。会えない間もナマエと繋がっていられるのだったら何だって。

「そんな事、構わない。俺、ナマエに手紙を書きたい」

「本当?嬉しいな。私手紙のやり取りなんて初めて!」

満面の笑みのナマエに心臓が大きく高鳴った。まただ。昨日、ナマエを初めて見た時から、俺の心臓は大きく鳴ったり、早まったりと忙しい。それが何故なのか、分からない訳では無かった。友人の中でも好いた好かれたの話は何度か出ていたし、その話が俺に振られる事も何回かあった。でもまさか初めて会った女の子に、俺が。

意識してしまえば余計に高鳴り始める心臓に、俺はそれを抑えるように上から手を当てる。感じる拍動をナマエが知ったらどう思うだろう。

「わあ、ヴァシリ!夜明けだよ!」

楽しそうに白い息を口から零しながら俺を振り返るナマエの、背後から昇る朝陽を浴びたその姿はとても神々しくて、俺は美しいものに跪きたくなる人間の気持ちを初めて知った。それくらいナマエは美しくて、俺は未だ、この時の彼女以上に美しいものを知らないでいた。

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