音様へ

私が突然に姿を消した事を、音様はどう思っていらっしゃるだろう、そう思ったら居ても立っても居られなくてこの手紙を認めております。感情に任せておりますので、お見苦しい点などございますでしょうけれど、どうかご容赦ください。

理由は言っても詮無い事ですし省かせていただきますけれど、訳あって私はあの店を放逐されました。それは私個人の問題であって、音様はまるきり関係ないのでどうか御気に病まないでください。少なくとも私は今、あなたがいないという淋しさや悲しさを抱えながらも何とかやっております。

ああ、こんな、私の近況を書きたくて筆を取った訳ではないのです。ただ一つあなたに言いたい事があって。

これは私の業が招いた別れなのです。優しい音様の事でありますから、もしかしたらご自分を責めていらっしゃるのではないかと思い、要らぬ心配ではありましょうが敢えて添えさせていただきます。

思えば私は不思議な命運の下に生かされていたように思います。あの日、あの公園で、兄君の形見を私に預けてくださったあなたと、成長して僅かの間だったとしてもまるで普通の女のように触れ合えた事は、私にとっては過ぎた夢のようでした。あなたは私の想像の中のあなたと何一つ変わらない美しい心根をお持ちでした。その優しさがどれ程私の救いとなっていたか、言葉にする事は出来ません。私を身請けすると言ってくださったあなたの腕に抱かれた夜を、私は生涯忘れる事は無いでしょう。

でも、だからこそ、私たちは別たれなければならないのだと、私はそう思うのです。きっとあなたはその澄んだ心の内に何故だと仰るでしょうね。でもそれを問う事が、真実を口にする事が、私を、何よりあなたを苦しめる事になると私は確信しております。だからどうか何も言わずにこの手紙の結びの言葉と共に私の事はお忘れになってください。

私は確かに幸せでございました。音様もそうであったなら、と願わぬ日はありません。どうかどうかお身体を大切に幾久しく貴方様に幸福の降り掛からん事をお祈りしております。

某月某日

なまえより

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