宵闇を行列がやってくる。俺の元になまえを連れて来るのだ。俺たちの感情を置き去りにして、家同士を繋ぐために。
村に帰ったら、藤次郎の代わりに俺がなまえと一緒になる事になっていた。俺は抗議したけれど、なまえがそう望んだのだと言われたら、もう、何も言えなかった。きっと本当は、なまえは藤次郎と添い遂げるために俺と一緒になるのだろうと思った。どこか知らない他所の男より、俺の方がずっと藤次郎に近いから。
行列に守られるように白無垢を着て、俯いて俺の家の門を潜ったなまえは、とても美しかった。でも本当は藤次郎が座るはずだった席には俺がいて、何もかもがちぐはぐに見えた。
藤次郎との祝言を延ばしに延ばしてしまった反省なのだろうか。俺たちの祝言は藤次郎の喪が明けてから直ぐに執り行われた。あまりの切り替えの早さに村の年寄りたちは白い目をしたが、俺の家もなまえの家も勝手に俺たちを一緒にさせたがった。最早それは何処か意地のように見えた。
祝言の日は曇っていて、陽が差さなかった。今にも降り出しそうな空に、お袋は心配して何度も空を見上げに行った。親父はいつものように縁側で煙草を吹かしていたが、いつもより吹かす速度が早かった。雨が降ったら、祝言は延期になるかなあなど、俺は似合いもしない礼装でぼんやりと考えていた。
陽が落ちて唄が聞こえて来た時、俺は嗚呼、逃げられないのだなと手を握り締めたのを覚えている。微妙な空模様は結局何とか持ち直して、ゆったりとした唄が聞こえて来た。なまえが、来たのだ。俺の元に。
正直な所、俺は祝言の内容をよく覚えていないのだ。断片的に、なまえの白い頬に映る盃の朱色の鮮やかさとか、緊張したように唇を引き結ぶなまえの横顔だとか、そんな事は覚えている。だが気付いたらもう、宴が始まっていた。そんな感じだった。
飲む気にはなれなかったが、盃が空になると直ぐに一杯になった。少しばかり放っておいて欲しかったけれど、所謂主役だからそうもいくまい。それでもなまえから目が離せなかった。
ほんのささやかな宴の間、一度だけ、なまえと目が合った。強張った顔に曖昧に笑みを乗せようして失敗した顔で、なまえは俺を見てそしてそれから二度と俺を見る事は無かった。だからそれから一度も視線が絡む事は無かった。俺はなまえばかり、見ていたけれど。
祝言を挙げてから三日後に、東京へ戻る事になった。元々祝言のために帰省したような物だから、直ぐに東京に戻る事になるのは分かっていた。しかしこれからはなまえも一緒なのだと思うと、僅かに胃が重くなった。愛した女に生涯憎まれながら共にいるのは、気が重かった。
「東京なんて行った事ないわ。……何を持って行けば良いのかしら」
自分の支度をしながら俺の支度を手伝うなまえは、まるで他人事のようだった。感情こそ乗っているように見える言葉も視線も、何もかも丸切り俺には伝わって来ない。空気を殴っているような感覚、と言えば良いだろうか。覚悟を決めて、口を開いた。
「なまえ」
「はい」
俺を見るなまえは従順な女に見えた。幼い時にはもっとお転婆で、見ている俺たちの方を冷や冷やさせていた。そのなまえが静かに俺の顔を見上げていた。その顔は差し込む月光に照らされて、青白く見えた。
「お前は、俺の嫁になんかなろうとするな」
「…………」
「俺も、お前の事を俺の嫁だとは思わねえから」
「…………はい」
なまえの声が、震えているような気がした。それが何故かとても哀しげに聞こえたのだ。俺の希望的観測、というやつだろうけれど。
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